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京都地方裁判所 昭和45年(行ウ)13号の2 判決

原告

安田正志

右訴訟代理人

鳥越溥

外二名

被告

向日町郵便局長

川崎清太郎

右指定代理人

藤浦照生

外四名

主文

被告が原告に対し昭和四三年四月二二日付でした戒告処分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決。

二  被告局長

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。との判決。

第二  当事者の主張

一  請求の原因事実

(一)  原告は、向日町郵便局(以下単に向日町局という)貯金保険課に勤務しているが、昭和四三年(以下特に年を表示しない場合は、同年をさす)四月二二日、被告局長から、戒告処分を受けた。

その処分理由は、原告が、二月二九日、組合休暇(以下単に組休という)の承認を得なかつたにもかかわらず勤務を欠いたことにある。

原告は、本件処分について人事院に審査を請求したが、人事院は、昭和四五年七月七日、本件処分を承認する旨の判定をした。〈以下略〉

理由

第一原告主張の本件請求の原因事実中(一)の事実は、当事者間に争いがない。

第二本件戒告処分の適法性について判断する。

一組合休暇付与基準について

原告は、組休は憲法上の団結権に付随する職員の権利であるから、郵人管理第二六八号郵政省人事局通達に特定された一九種の会議については、業務支障の有無を問わず組休が付与されるべきであり、仮に、業務支障を理由に組休請求を不許可にできるとしても、この場合の業務支障は、組休を付与することによつて、郵政業務の遂行に致命的な障害を生じる場合に限られる趣旨に解すべきである旨主張し、被告局長は、組休は、便宜供与の一種であるから所属長が業務上の支障がないと判断して許可することによりはじめて付与されるものにすぎないと主張するので、まずこの点について検討する。

(一)  組休は、専従職員以外の組合員が、組合業務に従事する場合に、その請求により与えられるものとして郵政省就業規則上定められた無の休暇であること、就業規則二八条には、「職員は、一 組合の大会会議等に出席する場合、二 その他組合の業務を行なう場合、予め組休付与願を提出して所属長の許可を受けたときは、勤務時間中であつても組合活動を行なうことができる」と定められていること、以上のことは当事者間に争いがない。

(二)  〈証拠判断・略〉

(1) 組休制度は、昭和二七年の公共企業体労働関係法の改正により郵政職員に団体交渉権が認められ、その組合の活動分野が拡大されたことに伴い、専従職員以外の職員が勤務時間中に組合大会等に出席することを可能して組合の組織運営上の不利不便を取り除き、組合の権利の実質的な保障を図る目的で、昭和二八年四月二五日、郵政省と全逓信従業員組合との間に締結された「職員の組合活動に関する協約」(第一一号証)中にその根拠規定を置いて制度化されるに至つたものである。右協約第三条は、組休の許可権を所属長に帰属させ、業務にさしつかえがないことをもつてその許可条件とした。

右協約は、その後就業規則(昭和二八年六月一〇公達第六〇号・乙第一二証の一)に移されたが、その際、組休制度をもつて便宜供与であるとする郵政省当局側と、その権利性を主張する全逓との間に、右協約の規定を就業規則に移すことの可否について意見の対立があつた。

昭和三二年頃から全逓の斗争方針をめぐつて当局と全逓との間に種々の紛議を生じるようになつたが、このような状勢のなかで、就業規則の一部改正(昭和三六年二月二〇日公達第一六号・乙第一号証)が行われ、組休に関する規定中から許可基準としての業務支障の文言を削除したうえ、同規則の取扱に関する運用通達(同日郵人管第三八号・乙第一号証)中に同旨の文言を置いた。この規則の改正は、当局が、就業規則二八条に組休が所属長によつて付与される旨明記するに止めることにより、業務支障の場合のほか、正常な労使関係が保たれていないことを理由に組休を不許可にできる余地を残そうとしたものであつて、業務支障の解釈運用を変更する趣旨のものではなかつた。

(2) 組休の対象となる組合活動の範囲については、従前から労使間の話合に基づいて運用通達中に明示されていたが、昭和三七年五月頃、当局と全逓本部との間で組休問題をめぐつて交渉が行われ、その結果、全国大会、中央委員会等一九種の会議に構成員として出席する場合を組休の対象として取り扱うことで双方の了解が成立し、当局は、郵人管第二六八号の運用通達で、このことを各所属長に伝達した。なお、右交渉の際、全逓本部は当局に対して、組休の対象事項の一層の拡張と業務支障の要件の撤廃等を要求したが、当局の了解を得ることはできなかつた。

(3) 当局は、業務支障の有無は、組休請求者の所属する職場全体の業務について、客観的に判断すべきものであり、常勤職員による勤務のさしくりが可能である限り、組休を付与するよう各所属長を指導し、組休制度の円滑な運用を図つてきた。当局との間には、組休が供与か権利かについて当初から主張の対立が続いていたが、実際の運用面においては、組休請求が許可されなかつた事例は殆んどなく、また不許可になつた事例についてもその大部分は当局と全逓本部との話合で解決されてきた。

(4) このようにして、昭和四三年当時の組休制度は、就業規則(昭和三六年二月二〇日公達第一六号)に基づき、第三八号運用通達、第二六八号運用通達によつて運用されていた。

(三)  以上の認定事実から、組休の性質とその付与基準について、次のことが結論づけられる。

(1) 組休制度は、法令にその根拠をもたず、使用者が一方的に定める就業規則に基づく制度で、その具体的な運用基準が通達に委ねられているという形式面に着目すれば、組休は、労働協約によつて、組合員に与えられた権利であるとするわけにはいかない。

しかし、組休制度は、組合の組織や運営を円滑ならしめ、その権利行使に実質的な保障を与える目的機能を有する反面、それが恣意的に運用されるときには、かえつて組合に対する支配介入の手段として利用される危険を伴うものである。従つて、組休制度の経緯はともあれ、一旦組休を制度として認めた以上は、その運用は一定の客観的な基準に拘束された適正なものでなければならず、使用者側の一方的な都合によつてその取扱を区々にすることはできないものといわなければならない。とりわけ、郵政職員に認められた組休制度は、当初は労使双方の合意に基礎を置き、組休の対象となる組合活動の範囲は、労使双方の交渉によつて取り決められたものであることは鑑み、当局の単なる便宜供与であることを理由に、当局の恣意的運用が許されないことは当然である。

そこで、当裁判所は、組休の性質は、労働協約上権利として組合員に与えられたものではないが、そうかといつて、当局が何時でも一方的に奪える単なる便宜供与といつた軽いものではなく、強いていうならば、実質上権利に近い便宜供与であると解する。

このように解することによって、はじめて組休の許可基準について、次にのべるようなことがいえるのである。

(2) 就業規則に定められた組休制度の運用に関する第三八号運用通達は、「所属長は、業務に支障のないと認めたときは組休を許可できる」と定め、業務支障の有無をもつて組休許否の基準としている。

組休に対する右の制約は、郵政事業の公益性、社会性に基づくものとして合理的な理由があるというべきであるが、組休制度の前記目的や機能、性質に照すと、組合員に組休を与えることによつて、客観的に業務の正常な運営が妨けられるような具体的事由がある場合に限つて、所属長は不許可にすることができるという限度で、右制約の合理性を首肯することができる。

そうして、当局は、これまでこのような趣旨に沿つて組休制度を運用してきたわけである。

そうすると、当局が、業務支障を理由に組休願を不許可にするには、単に繁忙であるとか手不足であるとかの抽象的事由だけではたりず、組休を与えることによつて、相当期間内に回復できないような著しい事務の支障や停滞が生じ、そのため郵政事業の公益性、社会性が損われることが予想される具体的事由が、客観的にある場合に限られると解するのが相当である。

二そこで、このような視点に立つて、本件組休の不許可に正当性があつたかどうかについて検討を加える。

(一)  原告が、向日町局貯金保険課保険外務係に所属し、集金業務と募集業務を担当していたこと、原告は、二月二八日、二九日の両日に開催された近畿地方本部青年部常任委員会に全逓京都地区委員として出席するため、被告局長に対し右両日の組休付与願を提出したが、被告局長は同月二七日、業務上支障があるとの理由で同月二九日の組休を不許可にしたこと、原告が二月二七日から同月二九日まで三日間欠勤したこと、以上のことは当事者間に争いがない。

(二)  〈証拠判断・略〉

(1) 組休不許可の経緯

原告は、二月二四日午前中、全逓近畿地方本部青本部常任委員会に、構成員の一員として出席するため、同月二八日二九日の両日の組休付与願を畑中貯金保険課長代理に提出した。同課長代理は、この組休付与願用紙の欄外に押印し、原告に対して、同月二七日から同月二九日まで三日分の集金予定の集金カードについて、道順組立と地図の作成を指示した。

畑中課長代理は、保険課外務係の日常事務に関与し、その全般的な業務状況をもつともよく把握できる立場にあつたもので、従来、同課長代理が組休願を許可して差支えないと一応の判断をした場合には、その担当区の道順組立や地図の作成を指示して、他の職員が代つてその業務を行う場合の便宜を計つたうえ、組休付与願用紙の欄外に押印していた。

畑中課長代理を経て右組休付与願の提出をうけた寺川貯金保険課長は、さきに原告から同月二七日の欠勤届出があり、これに加えてこの組休を認めるときには当時の要員配置状況や業務量に照らして業務に支障をきたすものと判断し、同月二六日午前中、原告に対して業務支障を理由にその組休願を不許可とする旨告げた。原告は、同日午後、全逓向日町局分会長の喜友名正治と共に、同課長に対して、再度右両日の組休を許可するよう交渉したが、同課長は、これを拒み、原告から提出されていた右組休付与願の欄外の畑中課長代理の押印を抹消して、原告に返還した。

向日町局梅原庶務会計課長、寺川貯金保険課長らは、同日午後相談し、梅原課長は、原告に対し、二日のうち一日は組休を許可し、他の一日は年休として処理したいと告げた。しかし、原告はこれに応じなかつた。

そこで、右両課長は、被告局長を交えてその取扱を協議し、当初の方針を変更して、二八日の組休を許可し、二九日のそれを不許可とすることに決定した。

寺川課長は、同月二七日原告に対し、この旨を告げて、二九日に出勤することを命じ、翌二八日には労務連絡官を介して再度二九日の出勤を命じたが、原告は右決定を不服としてこの命令に応じず、二九日には予定どおり前記委員会に出席した。

(2) 当時の業務運行状況

向日町局貯金保険課は、郵便貯金関係と簡易生命保険関係の業務を担当しているが、このうち保険外務係は、募集業務と集金業務に分れ、その人員構成は、課長代理一名、主任二名、一般外務員八名(原告を含む)であつた。このうち課長代理は、課長を補助し、業務全般の整理、従業員の指揮、課長不在の場合の課長職務の代行を担当し、主任二名は、向日町局区内を二つに分割し、その各担当区域内の募集業務と保険事故の整理事務を担当し、一般外務員八名は、同局区内を八区に分割してそれぞれの担当区域内の集金業務や募集業務を担当していた。

しかし、保険外務係では、二月当時、一般外務員八名のうち三名が長期欠務していたため、三名の臨時雇が採用され、それぞれ右の長期欠務者の担当区に補充されていたが、これらの臨時雇は、いずれも事務に不馴れで補充の実を十分あげ得なかつたことから、さらに一名の臨時雇を追加採用したほか、主任二名も本来の担当事務を差し置いて、ほとんど常態的に集金事務の援助をせざるを得ない状況にあつた。

保険料の集金業務は、契約者との集金協定日が月末にに偏る関係上、毎月二六日を頂点にして、以後末日まで連日業務量が多く、この時期が月間を通じて最も繁忙である。しかも、二月は日数が平常の月より少ない関係で、月末の業務量が二六日以降の短時日に集約され、その一日当りの業務量がさらに増加するのが通常である。

原告が集金を要する徴収原簿冊数は、二七日七二冊、二八日七五冊、二九日六〇冊で、月末の業務量としてはほぼ常態のものであつた。一方、田中臨時雇は、地理不案内のため道順組立指導等に多大の時間を要したうえ、その集金を要する徴収原簿冊数は、二七日には当日までの未取立繰越分をあわせて二二五冊あり、以後二八日八一冊、二九日六五冊であり、中塚臨時雇が集金を要する徴収原簿冊数は、二七日二一八冊、二八日六五冊、二九日七〇冊であつた。従つて両名にとつていずれも正常な業務量を越えるものであつた。そのためさらに一名の臨時雇と主任二名が右臨時雇二名の集金業務を補助していたが、主任二名は、ほかに本来の担当業務である募集業務と累積された事故処理、探問、および転入調査等の処理事務が約五〇件に達し、さらにこのうちの中村主任は、二三日から二七日まで年休をとつていた。

(3) 原告の欠務によつて生じた業務支障

原告の担当していた八区の二月の月間集金予定額は一三一万七、〇〇〇円、八四二冊であつたが、これに対する集金額月計は、一一〇万八、七九五円で差引き二〇万八、二〇五円の未収金を生じ、その集金率は八割四分一厘であつた。向日町局全体の二月中の未金合計額は五二万九、二六七円であり、その集金率は九割六分一厘である。

従つて、原告の担当する八区の集金予定額および要徴収原簿冊数の局全体のそれに対する比率は約一〇分の一であるが、同区の右未収金額は、全体のそれの約五分の二の比率を占め、またその集金率は、局全体のそれより一割二分低い。

このように、同月中における原告の担当区域の集金率が局全体のそれより低率であつたのは、原告が同月二七日から二九日まで三日間連続して欠勤したこともその一因であるが、むしろ、右担当区域が他の区域に比べて遠隔の地にあつたため、応援要員である主任、臨時雇員や課長代理をして他の区域の集金業務にあたらせた方が局全体の集金率を確保するうえにより得策であると寺川課長が判断したことから、原告の右欠勤期間中原告の担当区域について右応援要員による集金業務の補助が殆んど行われなかつたことによるものである。

なお、向日町局全体の月間集金率は通常九割七分前後であり、集金が局側の都合で契約者との協定日より数日遅れることも過去において決して珍らしいことではなかつた。

原告は、その担当区域における二月中の未収金額を三月一日と二日の両日中に長谷川臨時雇の応援を得て殆んど回収し、三月末には、自己の目標額を上廻り一〇〇パーセントを超える集金率を収めた。

原告の二九日の欠勤による保険契約の失効は一件もなかつたし、集金が遅れたことによる契約者からの苦情もなかつた。

(三)  以上の事実関係から、次のことが結論づけられる。

(1) 原告の二月二八日、二九日の両日の本件組休願に対し、向日町局側は、当初右両日とも不許可にする態度を示し、次いで一日を組休、一日を年休として処理することについて原告の了承を求めたが、原告がこれに応じなかつたところ、被告局長は、二八日の組休を許可し二九日のそれを不許可にした。

ところで、この間に向日町局の業務状況に変更のあつた形跡は証拠上全く認められないのであるから、このように、本件組休願に対する向日町局側の態度に一貫性がみられないことは、当時本件組休願の一部を不許可にすべき業務支障が真にあつたかどうかについて疑念を抱かせるに十分である。

ことに、原告の所属する貯金保険課保険外務係の業務事情に最もよく通じている畑中課長代理が、本件組休願を最初に受理したとき、これがすべて許可されることを前提に、必要な善後処置を講じていることや、向日町局側が原告に示した一日組休一日年休という処理方法が、業務におよぼす影響の点では、右両日について組休を許可した場合と全く逕庭を生じないものであることを併せ考えると、むしろ、本件組休願を許可することによつて差し迫つた業務支障が生じるような具体的事情は当時なかつたことを窺わせる節さえあるのであつて、被告局長の右判断は、業務支障の有無を具体的に検討することなく、当時向日町局の保険業務の遂行に十分といえるだけの要員が確保されていなかつたこと、折柄月末の繁忙期を迎えていたこと、本件組休願をそのまま許可した場合、原告は二七日を含めて三日間連続して欠勤することになること等の抽象的事由に基づき、原告が一日年休一日組休を承知しなかつたことも原因して、不許可にしたものであることが窺知できる。

(2) 原告は、二九日の組休が不許可であるのに組合の委員会に出席したが、これによつて現実に生じた業務支障の程度は軽微に止まつた。すなわち、向日町局の二月中における保険料集金率(九割六分一厘)は他の月における従来の実績(九割七分)に比べてやや低率ではあつたが、その差は特に顕著といえる程のものではなかつたし、原告の担当区域における集金の遅れは三月一日、二日で殆んど取り戻され、これによる実害や契約者からの苦情はなかつた。

このような事情は、本件組休願を一部不許可にした被告局長の判断に合理性を欠いていたことの証左になる。

(3) このようにみてくると、原告の本件組休願を二日とも許可したとしても、向日町局の保険業務に回復しがたい支障や停滞を生じ、そのため郵政事業の公益性、社会性が損われることが予想されるような具体的事由が客観的にあつたとは、到底いえないし、他にこのような事由があつたことが認められる証拠はない。

(四)  そうすると、被告局長の本件組休願の一部不許可は、業務の支障がないのに、それがあるとの誤つた判断にもとづくもので、なんら正当なものではないことに帰着する。

そうである以上、原告が不許可のまま休暇をとつて組合会議に出席したとしても、このことをもつて本件戒告処分の理由にはならないから、その余の判断をするまでもなく、本件戒告処分は、違法であり、取消を免れない。

第三むすび

以上の次第で、原告の本件請求は理由があるから認容し、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(古崎慶長 谷村允裕 高橋文仲)

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